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豊後路・竹田
 竹田市は九州のほぼ中央で、大分県の南西部にあり、阿蘇外輪山の東側に位置している。東は大野郡・南は宮崎県、・熊本県と境を接し、久住・祖母両山の麓にある。交通の要衝の地である。竹田は以前は大分県直入郡竹田町と呼ばれていた。竹田は直入郡の中心の町であり、大分県の重要な拠点となる町である。
 竹田の歴史は非常に古く、縄文時代(B.C.10000年〜400年)の遺蹟をはじめ、弥生時代(B.C.300年〜A.D.600年)の遺蹟がみられる。533年には我鹿屯倉が置かれたとある。713年に作られた風土記には直入郡の名が見られる。1185年には緒方三郎惟栄(これよし)によって岡城が築城された。写真集・竹田(阿部隆好編)のまえがきに「直入郡は日向・肥後の両国と境を接し、縄文弥生の時代に大集落を形成し,景行帝の土蜘蛛征討等の伝説遺蹟に富み、源平盛衰の推進者達を生み、近世初期の九州征覇を期する大友氏の精強兵士の出身地として活躍した。この頃岡城築城の歴史と竹田の名称が生まれたようである。」と書かれている。その後竹田の町は岡藩の初代「中川秀成」(在位1593〜1612)によって区画整理され、発展した。また文人・墨客も集うようになり、文化都市としても発展した。竹田の町には当時を物語る武家屋敷やお寺などの遺蹟・文化財が点在している。
 また竹田には「歴史の道」というのがある。「歴史の道」という言葉はだれが考えたのであろうか?竹田にふさわしい良い言葉だと思う。。現在、お城は岡城址として竹田のシンボルになっている。
また、駅の広場からその後方を見ると滝の流れる絶壁が眺められ、それは南画を思わせる素晴らしい景色である。踏み切りから見えるトンネルも竹田らしい景色の一つである。
参考:
1.歴史の道( 作者?)
2.写真集・竹田([阿部隆好編)

大分県(豊後)竹田市
の岡城址
歴史の道
 「歴史の道」とは
 竹田にいくと「歴史の道」という道がある。「歴史の道」という言葉はなにをさすのでしょうか?竹田市観光協会ほかによる「たけた城下町散歩」という地図には「歴史の道」という道が描かれている。それは岡城から殿町武家屋敷跡をとおり、旧竹田荘、お客屋敷をとおり、竹田駅前をとおる道です。歴史の道は「歴史がある道」あるいは「歴史を刻んだ道」と解釈するのがよさそうです。
 また、「唐橋君山が豊後国志の編纂を、玄乗(田能村竹田)たちが編纂の御用掛を命じられ、1798年から君山たちが資料探査のため岡領内を巡行している。私の勝手な推測ですが、「歴史の道」は唐橋君山や田能村竹田がなずけたのではないでしょうか?「歴史の道」は
ロマンを感じる言葉である。
参考:
1.歴史の道( 作者?)
2.采薇堂二集 (後藤均平 草風館
人物列伝
緒方三郎惟栄
中川秀成
唐橋君山
田能村竹田・・・江戸時代の有名な南画家
衛藤賢需・・・田能村竹田と親しい交流があった医学者
広瀬重武・・・広瀬武夫の父君で裁判官
衛藤敦夫・・・広瀬武夫の叔父で衛藤六蔵の父で医者
広瀬武夫・・・日露戦争の旅順港閉塞作戦で活躍した海軍軍人
滝廉太郎・・・荒城の月の作曲で有名な作曲家
朝倉文夫・・・彫刻家
衛藤六蔵・・・日本で最初のブラジル国公認の珈琲鑑定士(カッピング・ジャッジ)


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